ほぼ誰も見なかった彼岸花 

Spotifyに「Canvas」という動画機能があって、
8秒ぐらいのループ動画作品を、
PVとして流せるということで、
Spotifyはベータテストで再生回数が上がったと言っていることだし、
今まで「縦長の8秒程度のループイメージ動画」など想像もしていなかったので、
アイデアがいろいろ沸き上がり、
実際に何曲かアップロードしたことは、
このブログでご報告しました。

その後、解析を見てみると、どうも、
「ビデオが自動再生されることで、むしろスキップする人も結構多い気がする」
ように思え、確かにBGMとしてスマホで流してる人にとっては煩わしいこともあるだろうな、
自分だってテキスト読んでる横のバナー広告が動くのは耐えられないしな、と思ったり、
また実際、他のミュージシャン氏がFMラジオでしゃべってる時に、
「Spotifyで出してみるね?‥わっわっ、動画出て来ちゃった、止めないと、なんかこれこういう機能なんだよね」
などと慌ててCanvas機能を停止しているところも放送され、
たぶんこの機能は興隆せずに消えていくのだな、と思うに至りました。

舟沢が今までに作ったいくつかのCanvasも、ある日思い立って、
削除してしまうかもしれません。
(しないかもしれません。決めてないです)

で、似たような機能というと、もうなくなってしまったTwitterの「Fleet」で、
非公式にやってるツイッターで試しに動画を流してみましたが、
これもほとんどの人が見ない。
ツイートされた文章を読む人よりはるかに少ない。

で、さらに近い機能が、Facebookの「ストーリーズ」で、
今年の台風の直後、風に揺れる彼岸花がきれいに動画で撮れたので、
自分の曲のPV代わりに設定し、
Facebookの「ストーリーズ」に流してみました。
「ストーリー」は24時間で自動削除されるのですが、
24時間の間に、それを見た人は、
指折り数える程度でした。

要するにインスタなりTikTokなりをやれ、ということなのかもしれませんが、
なかなか乗り出せずにいます。
私より数十歳若い人が、
「最近の若い子にアピールするために頑張ってインスタやってる。本当に大変」
ってラジオで愚痴ってるのを聞くにつけ、
そうしゃべってる人より数十歳年上の舟沢がそれを無理してやることなのかなあ、とも思いますし、
既にあるこのブログや公式サイトの管理についても、
個人情報を集めてるわけではないのだから暗号化しなくたっていいだろうと思ってたんですが、
最近自分のサイトを開く際に、
スマホなどで「安全ではありません」などと表示されるようになってしまい、
これは印象悪いよなあと思い立ち、
「http://」を「https://」にする暗号化作業をしたのですが、
慣れない作業に半日かかってしまい、
なんかこう、注ぐ心血と咲く花のバランスが悪いな、
最近ではこういうのをコスパ悪いとかいうのだよな、
httpをhttpsにする、つまり暗号化するだけの時間を使えばインスタ開設できたかもな、
でも管理するSNSが一つ増えるのは結構きついな、
古いSNSを閉じるのもおかしいな、放置も不義理だよな、
などと思いつつ、

いろいろじたばた動いていても、
他人から見ればまるで何もしてないように見えるだろうな、
などと思っている昨今です。

動画で撮った彼岸花を、
一コマだけ静止画にして、
ここに載せておきます。

higanbana_2021.jpg
追記/補足を読む

さまざまな死、さまざまな耳 

2020の12月にハロルドバッド氏が亡くなり、
2021の6月にジョン・ハッセル氏が亡くなり、
そして2021の8月にはマリー・シェーファー氏が亡くなった。

1人のファンとして、この立て続けの喪失感は堪える。
ただただご冥福を祈るばかりだ。

舟沢はこういった人々に大きな影響を受けてきたのだけれど、
歳をとるほど、じつは“違い”の方が目立ってくる。

仕方ない。人間は全員違う。

マリー・シェーファー氏の著作「世界の調律」は、
日本で出版された80年代当時、多くの人々に読まれていたし、
舟沢も熱心に読んだ。

と同時に、この時代は、この書に記されている、
「サウンドスケープ(音風景)」という概念が指し示すものが、
猛烈な勢いで崩壊し始めた時代でもあったように思う。

皮肉なことに、この「サウンドスケープ」という概念こそが、
サウンドスケープの崩壊を助長していた――少なくとも、
当時若者であった私にはそのように見え、
何が起きているのかと、愕然と街を歩く日々であった。

東京のアート系書店に、書籍「世界の調律」が並ぶ。
音を風景としてとらえる考え方を知る。
それが、「環境音楽」と訳された、
ブライアン・イーノ氏によるアンビエント・ミュージックともからみ合い、
その場所に適した上質な音を出すことは、
先進的かつオシャレである、という風潮が広まる。
このあたりで、山手線の発車音が、
発メロ(駅メロ)に変わった。
(具体的に、発メロを作った人々と、JRの間にどのようなやり取りがあったのか、サウンドスケープについてのプレゼンがあったのかどうか、当時学生だった私には知る由もないのだけれど。)

山手線の発メロ自体はとてもよくできていたし、
駅員の感情のこもった、しゃくり上げるようなホイッスルを聞かなくて済むようになるだけでも、だいぶありがたいことではあった。

ただ、社会の大半の人々は、
音を風景としてとらえること、
どんどんうるさくなる都市の音を少しでも落ち着かせることに、
あまり理解を示さなかった。

当時、山手線の駅では、非常に静かな発メロを、
駅員さんが、連打していた

当時、まさに「過激な音楽」の領域において、
「破壊エネルギーの象徴」として使われていたサンプリング技術。
それと全く同じことを、駅員さんがやっていたのである。
静かなピアノ音の発メロを、
「カカ!カカカ!カーンカーンカ!カ!カ!カーンカーン」
と連打している駅員さんを見ると、
カッと見開いた目で駆け込み乗車していく乗客を見据え、
「もうドアを閉めます」という信号音として、
静謐な音楽を、必死で連打していたのだ。
(そうしなければ、多くの乗客はドアが閉まると認知できなかった。)

地方に行けば、
ベルを鳴らし、ホイッスルを吹き、
「発射しまぁーす!」と声を張り上げ、
発メロを鳴らしてから、ドアが閉まっていた。
発メロを鳴らす分だけ、音がむしろ増えてる。

何たる断絶、何たる分断、
この溝が埋まる日はいつになるのか、
などと思っていたが、

そんな日は来なかった。

発車用のメロディは「世界の調律」のため、
即ちサウンドスケープを公的に整えるためのものではなくなった。
(もしかしたら、初めからそのような目的は盛り込まれていなかったのかもしれない)
そうなる少し前から、既に携帯電話の普及が始まっており、
いつ誰が、どんな音楽を鳴らすかわからない時代がやってきてもいた。
今となっては、もう、世界の果てまで行ったって、純粋なサウンドスケープを聞くことは困難だろう。

(「自宅で完全にリラックスしたつもりでいても、無意識ではいつ電話が鳴るのか待ち構えてしまっているものだ」、と言ったのは確かコリン・ウィルソン氏だったと思うが、いつ誰が、どんな音楽を鳴らしだすのか、どこにいたって誰かが、何かが「通知」してくる時代がやってきた以上、もう無理だ、と思って生きていくしかないだろう。私だってちょっとスマホの操作を間違えればサイレントモードであっても音を出してしまうことがある。)

こう書いている時点でも、個人的には、発メロについて、
「せめて同じホームで鳴る曲の調はそろえませんか」とか、
「極端な転調を何度もするのはやめませんか」とか、
「せめて70dBぐらいまででまとめませんか」とか、
思ったりもするけれど、
調が違って、転調しまくって、爆音であればあるほど、
「この番線のこの電車が発車します」という信号音としての役割は果たされるので、
まあ無理だろうな、とも思うし、
こんなことを書いてて、
発メロ関連の雇用に影響でも出たら、
と経済的な心配、ためらいも感じてしまう。
現状だって、しゃくり上げるホイッスルの“生演”よりは、大抵の駅においては少しましだろうとも思うし。

「内面にサウンドスケープを持って行くしかなかろう。」
舟沢は、21世紀の初頭には、そう思っていたし、
シリーズ化も試みた。(これこれ。CDもまだあります。。)
そもそも、私にとって音楽とは、7~8割方、
内面に生じるサウンドスケープの伝達であるような気がする。

(このへん、舟沢が敬愛する、初期アンビエントの方々との違いを、年を取るごとに深く感じている。仕方ない。むしろ違ってこそ人間。)

それでも、引っ越しを終え、
大量の雑用をこなしている最中、
ブライアン・イーノ氏の「サースデイ・アフタヌーン」をかけていて、
窓の外の救急車が絶妙なタイミングで
「シーソーシーソーシーソー」と、
「サースディ・アフタヌーン」のGコードと見事にかみ合ったりすると、
「おー。サウンドスケープだー。」
と感心したりもする。

だが、それも舟沢個人の感想に過ぎない。
カナダ国立映画制作庁が作った、
マリー・シェーファー氏の短いドキュメントを見ると、
シェーファー氏の唱えるオリジナルのサウンドスケープには、
再生音は含まれないことがよくわかる。

『Listen.』

このシーンで「ん?何が鳴ってる?」と暫く耳を澄ませて、
数十秒経ってから、
「ああ、この動画の音以外の、自分の周囲の音を聞いてみろ、という意味か」と気づいた。

何十年追及しても、気づくのは数十秒遅れる。
仕方ない。

遠い場所になりつつあるから 

25年、いや26年ぐらいだったろうか、
住んでいた場所から、引っ越した。

引っ越す前、しばらくぶりに、
住んでいた場所の、屋上に出てみた。



ここからの空も、見納めか。
ここから何度、月を見つめたことだろう。

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遠いところを見つめることは、
歳をとるごとに、減っていくようだ。

なぜだろう、と思うに、
人は生れ落ちてから、ただひたすらに遠ざかり続ける、
つまり、いま私がいる、この場所こそが、
遠い場所になりつつあるから、
そんな風に、思ったりもする。

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さあ、引っ越しに伴う、
大量の雑用が、きょうも押し寄せる。

断片:多忙、運命、阿頼耶識 

こんなに忙しいことは人生で何度もないかもしれない。
いや、作業量としてはこのぐらいのことは過去にもあったが、
加齢が加わると、体感が違う。
休み休み、やるしかない。

休んでいる最中も、いろんなことを考える。
考えていたら休んでいることにならないのだが、
脳は昏い意識の中で、思考を続けている。

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心理学で言うと、
個人的無意識のさらに下に、
集合的無意識があるのだそうだ。
なるほど、そうだろうな、と思う。

仏教では、阿頼耶識(あらやしき)という概念があって、
通常の無意識のさらに下にあるもので、
私たちの行い、すなわちカルマ(業・運命)が集積しているという。
なるほど、そういうものか、と思う。

集合的無意識は阿頼耶識か、と考えると、
まあ、そりゃそうだろうな、と思う。

ところが、
集合的無意識は私たちのカルマだ、と考えると、
そんなことってあるのか、
と、骨が震えるほどの驚きに体が満たされる。

どうしても治らないものやひと、
どうしても学べないものやひと、
どうしても改善できない関係、
わからないということがわからないあまたのひとやものごと、
それらがすべて普遍的なものであって、
なおかつ、それらは行いであり、それがカルマだなんて、
そんなもの解消できるわけがないじゃないか、
運命として受け入れられるわけがないじゃないか、
そう思って、呆然としてしまう。

これに、ノヴァーリスの、
「運命と心情は同一の概念だ」
という言葉を加えると、
呆然すら通り越して、
私の思考は停止する。

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そのようにしてしばらく体を横たえ、
多忙な生活に戻っていく。

ワクチン後の心身 

V・E・フランクル「夜と霧」に、
強制収容所から解放された日の描写があります。
「それほどうれしくなかった」という描写。
あまりにも長く抑圧され、
感情が仮死状態になると、
急には元に戻らないもののようです。

「夜と霧」では、まず体が猛然と食べ物を求め、
「何時間も、何日も」食べ続けたあと、
感情の蘇生が始まっていった描写があります。

そのあとに、「失意」が来るのだそうです。
強制収容所で死線をさまよい、
感情が仮死状態になり、
解放後に食べ物を十分に食べ、
感情が戻り、日常生活が戻っても、
特に苦悩が減っているわけではない、
そういうことに対する失意なのだそうです。

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舟沢の父は生前、ほとんど戦争の話をしませんでした。
終戦時は予科練にいたとのことで、
戦地には赴いていません。
なので、これから書く父の話は、
当時、近所で起きた話か、
友人の近所で起きた話なのだと思います。

「戦地から痩せて帰ってくるだろ?
将校みたいのはさ、重湯みたいのから始めんだよ。
急に食ったりゃしねえのさ。
それがさ、やっと帰ってきてさ、
今でいうカツ丼みたいな?ああいのをさ、
食べんのが止まんなくなっちゃってさ、
誰だかわかんないぐらい太っちゃってさ、
半年ぐれぇで死んじゃうのがいるんだよ。
病名?昔だからねぇ。病名なんかないよ。
栄養過多みてぇな。」

終戦直後~1950年代前半に、
毎日カツ丼を食べられたご家庭があったとは考えにくいですし、
これを聞いた1970年代の前後、
我が家ではカツ丼風に卵と玉ねぎを甘辛く絡めた、
「卵丼」みたいなものを「かつどん」と呼んでいましたので、
父は当時子供だった私がわかりやすいように、
カロリーが高い食べ物を「かつどん」と呼んだのかもしれません。

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今、何らかの感情が、
「仮死状態」になっていることは、
自分でも感じますし、
皆さんも多かれ少なかれ似たような状態ではないかと思います。

「今だけの辛抱」という言葉も
さすがに聞き飽きてしまいましたし、
暴走する正義からは距離を取りたいものだ、
とも思います。
安易な励ましは、もはや耳障りですらあります。
だからといって、羽目を外せるわけでもありません。
悩ましいところです。

そして、おそらく、
来年、どこかの段階でワクチンが供給されても、
みんな特に幸せになるわけでも、
あまたの苦悩から解放されるわけでもないのだろう、
ということです。
むしろ、そこでいきなり「ハイカロリーな何か」を大量摂取して、
心身を壊したりしないよう、
自分の感情の中の「仮死状態」の鉱脈を感じ取って、
そこの蘇生が急激なものにならないよう、
心身を管理しておきたいものだなぁ、
それはとても難しいことだけれど、、

――2020の年末、そんなことを考えています。
皆様もどうかご自愛くださいませ。