神話という単語、或いは広大な無知 

「神話の知」、という言葉がある。
“ある”、と思って一応検索してみると、意外なことに、
それほどわかりやすい記述は出てこない。
高名な物理学者が、
「物理学を学びたければギリシャ神話を読めばいい。全部書いてあるから。」
と言った、という意味における、神話の知。
人間が考えているのだから、
熱について、水について、天体について、生命について考えれば、
当たり前だが、だいたい人間が考えるような感じになる。
フロイトだってユングだって、ギリシャ神話を用語に使ったし、
オルフェウスとイザナミだって伝播したストーリーではなかろう。
いかなる時代、いかなる民族にあっても、
人間が何かを考え抜くと、だいたい神話に近づいていく。

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「神話」という言葉を、
「決して信じてはならない虚偽、迷妄、集団幻想」
とでもいうような意味合いで使用する人々がいることについて、
私は当初、それほど戸惑わなかった。
1970年代、
「日本軍の戦闘機は決して堕ちることはない、という神話を教わった」、
と自らの教育体験を切実に述懐する先生のお話を聞いているときも、
1990年代、
「かつては土地の値段が永遠に値上がりし続ける、という神話があった」
とニュースキャスターがしたり顔で述べるときも、
私の意識は、それほど混乱しなかった。
話の前後関係から想像すれば、その人が何を言いたいかは理解できたから。
話が混乱し始めたのは、3.11の頃からだったと思う。

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ここにとりたてて引用はしないが、
なにやらまるっきり理解できない何かを述べ立てて、最後に、
「それらは、みな、神話である。」
と締めくくるようなジャーナリスト氏のブログがあったり、
なにやらまるっきり理解できない主張、
私が賛否等の判断をする以前に、
そもそも何を仰っているのかわからないような事を述べ立てて、
「神話だ!神話だ!神話だぁ~っ!」
と目を白黒させて大声を上げる学者さんがテレビに出ておられたり。
話の前後関係から、何か、
「決して信じてはならない虚偽、迷妄、集団幻想」
を「神話」と呼んでおられることは理解できるが、
そもそも「そんな幻想」を人々が信じていたのか、
「その幻想」がどういう幻想なのかすら聴き取れないし、
じゃあ何が正しいとあなたは思っているのか、
ということについても、
「神話だ!」と相手を退けるばかりで、
全く読み取れもしない、聴き取れもしない人々。

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そもそも何を言っておられるのかわからないのだから、
強い違和感は感じるものの、
そういった方々の著作を読むこともなく、何年かが過ぎた。
やがてそういった方々の著作を斜め読みしたり、
とりわけそういった方々の著作を批判・擁護する人々の書評を読むにしたがって、
そこに群がる人々に、ある種言いがたい、広大な“無知”があることに気付いた。
そういった人々は、
「それは、神話である。」
と言えば、誰にでも必ず、
「それは、思い込みである。」
とでもいうような意味だと、誰にでも通じると思い込んでいる。

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まさか、そんなことあるのか、と調べると、
一応「政治的神話」という用語が出てきて、
政治学で使用しているらしい。
この“政治的”を略して、「神話」と呼んでいるのか。
ということは、私が言う意味における「神話の知」について、
政治学をやる方々は、ほとんどまるごとわかっていおられないというか、
そういう知識のありかたそのものの存在を知らないか、
少なくとも忘れておられる、ということか。

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そういう方々に、
「人間が考えうる最高の思考形式を“神話”と呼んで当たり前」
という考え方に配慮しながら発言してくれ、とは言わない。
そんなことを政治学の議論に持ち込んだら、話が進まないだろう。
こんなこと書いてる私だって、
「そうだ!彼の言うとおり、
我が軍の戦闘機は決して墜落しないんだ!神話は真理なんだ!」
みたいな感じで政治利用されたら、それこそたまらない。
ツンドラにはツンドラの、熱帯雨林には熱帯雨林の自然がある。
いくら思考体系を突き詰めれば神話に近づくと言っても、
そこに、いわば“知の地域差”のようなものが出るのもまた、当たり前だ。

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ただ、一言書いておきたいのは、人に向かって、
「それって神話じゃない?^^」
って同意を求めても、
「それは無限のバリエーションが生まれ出る真理です」と言ってるのか、
「それは単なる思い込みですよ」と言っているのか、
わからない、ということ。
多少の知性のある大人に対してであれば、
その言葉が誰にでも必ず通じると思っておられるのなら、
それこそ思い込みですよ、ということ。

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ごっそりと何かを知らない人々がごっそりと現れ、
歴史は展開していく。
そこに一滴。
失礼しました。