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 2018年08月 

自作ケーブルひとつかみ廃棄 

ケーブルは自分で作るもの、と思っていた。

非常に大きな代償と引き換えに覚えていった、かけがえのない知識。
この会社のこのケーブルが、最も音質と価格のバランスが良い。
この会社のこのプラグが、最も接触不良が起きにくく、ハンダ付けもしやすい。
このケーブルは、必要な分だけメートル単位で買うと、
ケーブル屋の店主がものすごく嫌そうな顔をする。
100m巻をまとめて買えば、嫌な顔もされず、値段も一気に安くなる。

MTR(マルチ・トラック・レコーダー)のケーブルであれば、
8chのアウトだけでも8本。パッチベイに出すのであれば、16本。
楽器類と使い回すためにはモノラル・フォンプラグが良く、
パッチベイの背面はRCAピンが良い。(接触不良が少なくて済む)
自分の楽器、自分の録音機材の置き場所、パッチベイの置き場所、
それらを測って、100m巻きのケーブルから切り取り、
1本ずつ、ハンダを使って、自作していく。
必要よりも短ければ、もちろん用をなさないし、
長すぎても、作業場の後ろに余分なケーブルのたまり場が出来て、
そこがノイズ発生源となる。

このケーブルも、このプラグも、もう進化しない。
だから、長ささえ適切であれば、
ケーブル作りは、決して無駄にはならない。

そう思っていた。

やがて録音機材がデジタルとなり、
8トラックぐらいが1本の光ケーブルで送信できるようになり、
それからさらにしばらくして、録音も、ミキシングも、
ほとんどコンピューターの内部でやるようになっていった。
機材が1つデジタル化するたびに、
使わない自作ケーブルが、8本、16本と、まとめて手元に残った。

ケーブル作りは、止まった。

何本作ったかは、覚えていない。
覚えていないが、100m巻きを買うようになってから、
それを2巻買って、2巻目の残りが少し残っている。
だから、100m巻以前のものを加えれば、
長さとしては200m前後、ということか。
1本のケーブルは20cmぐらいのものも、5mぐらいのものもあるので、
一概に何本作ったかは割り出せない。

新たに必要となり始めたケーブルは、
オプティカルとか、USBとか、到底自作する気になれないものだっった。
音質の鍵を握るデジタル用ケーブルは、
自作が必要なほど大量に必要にはならないし、
作るのだってなんだか怖い。
第一、ケーブルの中を通るのが“ファイル”になったら、
音の善し悪しは、ない。
(ある、という人もおられるが、データファイルが同じであれば音も同じ、と私は信じることにしている。同期外れとか、CDのエラーとか、転送中にどこかで勝手にテキストファイルみたいな改行が入っちゃってノイズになるとか、ああいうのはまた別の話。)

そうして、必要なケーブルは無造作に買うようになっていった。

絶対に無駄にならない、という信念で作り続けていたケーブルが、
延々と壁に架かっている。
まあいつか使うかも知れないしな、と架けっぱなしにしていたが、
よくよく記憶を辿ってみれば、
もう使われることもなく、10年以上も壁に架かっているように思う。

そういうわけで、大量にあるケーブルを“ひとつかみ”、廃棄した。



捨ててしまってから、
「あれは音質は確かなのだから売れば良かったんじゃないか」
などという思いもよぎったが、
10年以上ホコリをかぶっていたケーブルをアルコールか何かで拭いて、
「音のいい自作ケーブル」として売るのも、なんだか違うと思い直した。

もうちょっと、
「ケーブルが無駄になってしまった」とか、
「絶対に正しい知識が色あせてしまった」とか、
「これを作っていた苦しい時間を他に使っていれば」とか、
「さあ、これですっきりしたぞ」とか、
何らかの感慨が出てくるか、とも思ったが、
多少は上記のような思いも抱くものの、
それほど深い感慨というわけでもない。

おそらく、深い感慨を抱かずに済むぐらいに充分な時間、
壁に架けっぱなしにしていたからだろう。

大切なものを手放すのには、時間がかかる。
かさぶたと同じ。こういうものは時間をかけて。
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