X=X。ではメロディとは?
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「仮にX=X(エックス・イコール・エックス)としましょう」
と歌ったのはローリー・アンダーソン。
あれから長い月日が流れた。
私は、言葉の意味が変化することに気づくのに、
途方も無く長い時間をかけてしまった。
どういうわけか、90年~91年頃に、
世界中のポップミュージックの視座が一気に変化した。
当時の私は飢えた犬のような烈しさで自分の音楽を作っていたので、
事実上、その唐突な変化を見逃した。
「ああ、そうだったのか。どうりで。」と納得したのは、なんと、
Wikiやソーシャルブックマークが台頭してからだ。
「アンビエント」にビートがある曲を聴けば、
「ああ、作った人はアンビエントが何かを知らないんだな。恥ずかしい」
などと思っていたし、
「ハワイアン・スティール・ギターの弦を全部弛めて鉄の棒で叩きながら
絶叫で新聞を読み上げる音楽」じゃないのに、
「これぞオルタナティブ!」と言われても何がなんだかさっぱり判らなかった。
そんな日々が10年以上続いた。
私が私の音楽を作っている限り、それは大した問題ではないように思われるかもしれない。
しかし、実際にはそうでもない。
「アンビエント作って。」という発注を受けたとき、
その依頼主の頭の中ではどういうものが「アンビエント」なのか。
世の中で「テクノ」といったらどういう音楽だと思うのが主流で、
楽器メーカーやソフトメーカーはその主流に向けてどういう楽器やソフトを作っているか。
お金と時間を何に費やせばいいのか。
生活もかかっていることだし、虚しいけれど気にせざるを得ない。
(かくして、生活がしばしば虚しいものに思えてくる)
以上は「ジャンル」の意味の変化の話だが、
もっとスパンの長い(はず)の用語も変化する。
これを理解するのはなかなか難しい。
かなり前の話になるが、私は以前にも一度、
「メロディ」
という言葉が別様に用いられているのを目撃した。
年代は思い出せないが、やはり90年代前半ではないだろうか。
ディスコがクラブに変わる頃。
しゃべるDJの数と、かけたりこすったりするDJの数が逆転する頃。
当時のDJや批評家(のような立場の人)が盛んに言う「メロディ」の意味を、
私は概ね理解できたと思う。
ダンス・ミュージック全般~ヒップ・ホップ、テクノ、トランス、ハウス~において、
コードの変化が少なく、ワン・コード、あるいは2コード(フジリアン・モード気味に半音上下)の場合、
「いまいちだよね~。やっぱ音楽はメロディーがないとね~。」
そのように当時のDJや批評家のような人々は言っていた。
それが、たとえば、
Fmaj7→Em7→Am→Gm7→C7→Fmaj7→
とか、R&Bなどに頻出する情感溢れるコード進行の曲だと、
「うーんイイねぇ~。メロディーがいいねぇ~。」と言う。
ワン・コードの曲でも、Am9なんかで情感のあるヴォイシングしてあると、
「こういう薄味のメロディーもまぁ悪くないよね~」
と言っていた。
もちろん、私にはどの曲もメロディーが無いように聴こえる。
強いて言えば、4小節ごとの終わりに来る「しぃぃぃどしっ」というシンセパターンのトップノートが目立つ程度だ。
当時、“最先端のワカモノ”だった人々は、“情感を感じる和音”を「メロディー」と呼んでいた。
近年、私は似たような壁にぶつかっている。
これだけ多様化した世界だ。もう「みんなが共有している認識」はあまり残っていないし、
恐ろしい数のセールスを記録しているアーティストを同業者が知らないなんてことも珍しくないが、
ボーズ・オブ・カナダ(boards of canada)
というグループを調べると、世界中で深く愛され、広く受け入れられていることがよく判る。
確かに独特で、まねのできない、ある種独特な輝きを放つ音楽だ。
問題は、このグループを好きだという人の、全員ではないものの、かなりの人々が、
「メロディーが美しいから」
と言っていることだ。
ご本人たちのインタビューを読むと、不可解なところはない。
奇妙な用語の使い方はしないし、誠実で、まっとうな方たちであることがわかる。
だから、もしもボーズ・オブ・カナダの皆さんに、
「あなた方の音楽はメロディーが全く無いか、ほとんどないかのどちらかですね。」
と誰かが訊いたとしても、「ええ。それが何か?」と仰ると思う。
私は、ボーズ・オブ・カナダを「メロディーがきれい」と言って愛している人々に、
「あの人達の音楽にメロディーはありませんよ」
なんて言うつもりはさらさら無い。
逆に、ボーズ・オブ・カナダを愛する人々が
「美しいメロディ」
と呼んでいるものがなんなのか、
気になって気になって仕方がないのだ。
と歌ったのはローリー・アンダーソン。
あれから長い月日が流れた。
私は、言葉の意味が変化することに気づくのに、
途方も無く長い時間をかけてしまった。
どういうわけか、90年~91年頃に、
世界中のポップミュージックの視座が一気に変化した。
当時の私は飢えた犬のような烈しさで自分の音楽を作っていたので、
事実上、その唐突な変化を見逃した。
「ああ、そうだったのか。どうりで。」と納得したのは、なんと、
Wikiやソーシャルブックマークが台頭してからだ。
「アンビエント」にビートがある曲を聴けば、
「ああ、作った人はアンビエントが何かを知らないんだな。恥ずかしい」
などと思っていたし、
「ハワイアン・スティール・ギターの弦を全部弛めて鉄の棒で叩きながら
絶叫で新聞を読み上げる音楽」じゃないのに、
「これぞオルタナティブ!」と言われても何がなんだかさっぱり判らなかった。
そんな日々が10年以上続いた。
私が私の音楽を作っている限り、それは大した問題ではないように思われるかもしれない。
しかし、実際にはそうでもない。
「アンビエント作って。」という発注を受けたとき、
その依頼主の頭の中ではどういうものが「アンビエント」なのか。
世の中で「テクノ」といったらどういう音楽だと思うのが主流で、
楽器メーカーやソフトメーカーはその主流に向けてどういう楽器やソフトを作っているか。
お金と時間を何に費やせばいいのか。
生活もかかっていることだし、虚しいけれど気にせざるを得ない。
(かくして、生活がしばしば虚しいものに思えてくる)
以上は「ジャンル」の意味の変化の話だが、
もっとスパンの長い(はず)の用語も変化する。
これを理解するのはなかなか難しい。
かなり前の話になるが、私は以前にも一度、
「メロディ」
という言葉が別様に用いられているのを目撃した。
年代は思い出せないが、やはり90年代前半ではないだろうか。
ディスコがクラブに変わる頃。
しゃべるDJの数と、かけたりこすったりするDJの数が逆転する頃。
当時のDJや批評家(のような立場の人)が盛んに言う「メロディ」の意味を、
私は概ね理解できたと思う。
ダンス・ミュージック全般~ヒップ・ホップ、テクノ、トランス、ハウス~において、
コードの変化が少なく、ワン・コード、あるいは2コード(フジリアン・モード気味に半音上下)の場合、
「いまいちだよね~。やっぱ音楽はメロディーがないとね~。」
そのように当時のDJや批評家のような人々は言っていた。
それが、たとえば、
Fmaj7→Em7→Am→Gm7→C7→Fmaj7→
とか、R&Bなどに頻出する情感溢れるコード進行の曲だと、
「うーんイイねぇ~。メロディーがいいねぇ~。」と言う。
ワン・コードの曲でも、Am9なんかで情感のあるヴォイシングしてあると、
「こういう薄味のメロディーもまぁ悪くないよね~」
と言っていた。
もちろん、私にはどの曲もメロディーが無いように聴こえる。
強いて言えば、4小節ごとの終わりに来る「しぃぃぃどしっ」というシンセパターンのトップノートが目立つ程度だ。
当時、“最先端のワカモノ”だった人々は、“情感を感じる和音”を「メロディー」と呼んでいた。
近年、私は似たような壁にぶつかっている。
これだけ多様化した世界だ。もう「みんなが共有している認識」はあまり残っていないし、
恐ろしい数のセールスを記録しているアーティストを同業者が知らないなんてことも珍しくないが、
ボーズ・オブ・カナダ(boards of canada)
というグループを調べると、世界中で深く愛され、広く受け入れられていることがよく判る。
確かに独特で、まねのできない、ある種独特な輝きを放つ音楽だ。
問題は、このグループを好きだという人の、全員ではないものの、かなりの人々が、
「メロディーが美しいから」
と言っていることだ。
ご本人たちのインタビューを読むと、不可解なところはない。
奇妙な用語の使い方はしないし、誠実で、まっとうな方たちであることがわかる。
だから、もしもボーズ・オブ・カナダの皆さんに、
「あなた方の音楽はメロディーが全く無いか、ほとんどないかのどちらかですね。」
と誰かが訊いたとしても、「ええ。それが何か?」と仰ると思う。
私は、ボーズ・オブ・カナダを「メロディーがきれい」と言って愛している人々に、
「あの人達の音楽にメロディーはありませんよ」
なんて言うつもりはさらさら無い。
逆に、ボーズ・オブ・カナダを愛する人々が
「美しいメロディ」
と呼んでいるものがなんなのか、
気になって気になって仕方がないのだ。
- [2007/05/24 00:25]
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