民謡状の嗚咽 

長距離列車の中で。
「ぁぁぁああんぁんあんぁんあぁん」
という異様な声が聞こえる。
見ると、スーツを着た男性。
かなりのご高齢だが、スーツなので、出張の帰りか何かだろう。
リタイアした方とは見受けられない。
見るからに酔って、見るからに疲れ果て、
苦しげに目を閉じている。

しばらく聞いていると、この声が、
何らかの日本民謡の一節であるらしい。
歌詞もメロディーもすっかり抜け落ち、
抑揚と声色だけが、その男性の体内に残っているらしい。

同伴の男性が時折声をかける。
「ほらー。銭湯じゃねぇんだからさぁ」
「なんか知んねぇけど口からどんどん出てくるんだよ‥
ぁぁぁああんぁんあんぁんあぁん

もはやご本人の記憶にも、
なんの民謡の記憶かすらないらしい。
それに、それほど知性のない人でもないらしい。

それが、アルコールと疲労によって、
意識の薄皮が一枚剥けただけで、
忘れられた民謡が口からとめどなくあふれ出してくる。

そういう人が、現役で、今も働いている。

私たちは、そういう時代に、生きている。

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