非ロマン的生活廃墟 

私たちの魂が廃墟と化してるだけではなく、
私たちの生活が、物理的にも経済的にも廃墟になり始めていて、
それは、これからも、どんどん、進行するという。

外から見れば、廃墟それ自体はロマンチックではあるし、
そのロマンティシズムが魂の廃墟化と呼応していることに気付く人も少なくない。
しかし、身近な物理的生活圏の廃墟化を、私はまだ、正確に想像できていない。

放送が廃墟になれば放送局の仕事がない。
遊戯が廃墟になれば興行師の仕事がない。
洋服が廃墟になればデザイナーの仕事がない。
書物が廃墟になれば文筆業の仕事がない。

文化がシャッター街になる日。
第三次産業が、隣接部分も含めて、維持費に耐えられなくなる日。
東京が、EUが、ゆくゆくはアジア全体が、みんな、廃墟になる日。
私は、それを既に体験し始めているにもかかわらず、まだうまく思い浮かべることができずにいる。

電車内や駅の広告はどんどん単調になっている。
初めて行くフリースペースで「ここはもうすぐ閉じるんです」と聞かされる。
“少数派”に有名なとあるフリースペースは、今度、
舞台と客席合わせて4畳半程の大きさの場所に移転になるそうだ。
劇場全体が、一人暮らしの部屋よりも、せまくなる。

場所の廃墟化を、芸術家は、なぜか、利用できない。
画家は仕事場を確保できなくなってきているし、
彫刻家は作品置き場を確保できなくなっている。
音楽家だってそうだ。
それでいて日本中に、空き家が増えている。

こういったことは、全て理論的に説明できるらしく、
学者さんが淡々と説明しているのをよく耳にする。
が、それでも私は、何がやって来るのかをうまく想像することができないし、
そもそも学者さんたちの話を総合すると、
「歴史上誰も経験していない時代が来る」
ということだから、想像しようがないのかもしれない。

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何かが起きるとき、真っ先に気付くのは、
音楽家であることが多い。
そのことについては折に触れ、あちこちで書いてきた。
だが、今私(たち)が経験していることは、
私には音楽として聴こえてこないし、
「これは未来から吹いてくる風を音にしたのだな」、
という音楽にも、めっきり出会わなくなった。

もうここまで来たら、
他人の事やら時代やら気にしたってしょうがないだろう、とも言えるし、
もうここまで来たら、
他人の事やら時代やら気にせざるを得ないだろう、とも言える。
ただどちらにせよ、“場”の縮小が止まるわけではない。
つまり、どちらの道を進んでも、崖かもしれない。

芸術の世界ではかなり有名な場所の主宰が、
「(芸術の廃墟化を)惜しむくらいなら、見に来い。そして金使え。」
というようなことをブログに書いていた。
言われなくても出来る範囲でやっている。

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90年代末から1~2年前までの10年ほど、
私は、たがが外れたようにCDを買っていた。
元々、「100曲を1回ずつ聴くくらいなら、いい曲を1曲100回聴いたほうがいいに決まってる」と思う体質なので、集中して聴き込むアルバムは、多くても半年に1枚くらいのペースであった。
その中には、どこのどういう人なのか、名前以外は皆目判らない音楽家のものも含まれていた。
そういったマイナーな音楽家のCDが、90年代末以降のネット通販の充実、そしてCD制作の原価低下によって、簡単に入手できるようになり、モニター画面の向こうに“これしか聴かない1枚だし、これしか入手できない1枚”だった音楽家の、別のアルバムや隣接するアルバムが大量に現われ、1~2年前まで、ほんとうに多くのCDを買った。
“ゼロ年代”は、私にとって、CDの年代であった。
時代と自分史の食い違い。
戦争を経験した世代がためらいがちに口にした、歴史と自己体験の食い違いと、仕組みは同じ。

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いつの時代にも、時代との食い違いに苦しんできた。
だから、もしかしたら、問題の本質は“いま、自分があまり時代と食い違っていない”というところにあるのかもしれない。
スピードが命の時代といわれても、
まるで通過電車を見ているようなめまぐるしさだ。
こんな時代に飛び乗ることなどできない。
しかし、今までのように本当のほんとうに自分と時代が食い違っていたら、
そもそも通過電車すら目に入っていないはずなのだ。
通過電車が目に入っているということは、
通過電車の存在に気付いてしまっているということ。
存在に気付く程度には、私は、時代と、かみ合ってしまっているわけだ。

それでも素直に曲を作ると、やっぱり時代と食い違っているように思う。
そのことを、私は苦しむ。
苦しむことが適切かどうか、いまもって、わからない。
そして、正直に作ることで、制作ますます遅くなってしまう。

そうこうしてる間にも、まるで通過電車のようなスピードで、
身の回りの廃墟化は進む。

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