有色ホットの思い出
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音響(PA)の世界で、電気のプラス/マイナスを、
ホット/コールドと呼ぶ。
音響の世界では、
こういった電線をそのまま配線したり、
電線とコネクターなどをハンダ付けしたりする。
電線には様々なものがあるが、
概ね、一本の音響ケーブル(電線)の中に、
さらにビニールなどで覆われたいくつかの電線が入っていて、
それは大抵、色がついているものと、色がついていないものである。
写真では、電線の中に、白い電線と、青い電線が入っているのが見て取れると思う。
(さらに、写真上側にひげ状になっている電線も見て取れると思うが、これについては、ここでは割愛する。)
青と白、赤と白、青と黒、赤と黒など、
様々な電線があるが、概ね、
「色がついているものとついていないもの」である。
様々な人間が、様々な電線を、様々に配線する。
その配線が、コンサートや、TV番組の音響(PA)などでは、
数十~百ヶ所以上必要となる。
音響エンジニアたるもの、一ヶ所たりとも、ホットとコールドの配線を間違えてはならない。
間違えると、「逆相」といって、ミュージシャンや聴衆の耳に、気持ち悪い音が届いてしまうのだ。
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ここで予備知識をいくつかはさむ。
・1980年代、PA業界では、まだまだ“先輩には絶対服従”の徒弟制度的習慣が残っていた。(いまどうなっているのか、私は、もはや知らない。)
・私は1980年代、ある会社に就職し、そこでPA業務を行なう部署に配属された。
・私が当時就職した会社では、今の時代では決して考えられないような厳しい新入社員研修――もしも現代で同じことをやっていたら、その様子が録音され、ネット上などに公開されて、社会問題となるであろうような厳しい研修――が行われていた。
その研修の中で、私は、「どんなことがあっても先輩に逆らわず、従いつつ、喰らいついて、仕事を覚えていかなければならない。そのうえで、先輩が知らないことがあったなら、逆に、君たちが教えてあげなければならない。」と、念入りに、非常に厳しく、教育された。
・私は元々、コミュニケーション・スキルが低い人間なのだと思う。
助手というか、小間使い(当時の業界では“ぺーぺー”と呼ばれていた)として、機材運搬の車の助手席に座る。
車が角を曲がるときに、そのまま座っていると、
「角を曲がるときに身を乗り出して左方確認しようという、そういう心をお前は持っていないのか。やる気あんのか」
と延々となじる先輩がおられる。
そういうものかと学習して、別の日に、角を曲がる際に身を乗り出して左方を確認すると、
「お前の頭が邪魔で自分が左方を確認できない。人に迷惑をかけずに座ってることすら出来ないのか」
と厳しく責め立てる先輩がおられる。
どの先輩が身を乗り出すことを“後輩として、助手として、当然の行為”と思っていて、
どの先輩が身を乗り出すことを“考えられない無礼な行為”と思っておられるのか、
必死でメモを取ったりしたが、私は、とうとう、覚え切ることが、出来なかった。
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話を戻す。
大抵の音響ケーブルは、
内部に「色がついている電線」と、「色がついていない電線」が入っている。
これを、様々な人が、限られた時間に、決してホット/コールドを間違えずに、配線しなければならない。
そこで、よく決められている法則がある。
有色ホットの法則である。
色があるほうをホットとして配線すること。
青と白なら、青がホット。
赤と黒なら、赤がホット。
「有色ホットだ間違えんじゃねぇぞ」
といわれながら、色のあるほうをホットに繋いでゆく。
ここでひとつ、困った事がある。
会社で購入され、現場に支給されている電線の中には、
白と黒のケーブルがあるのだ。
白と黒のケーブルは、どちらがホットなのか。
世の中には、赤と白のケーブルがある。
世の中には、赤と黒のケーブルもある。
だから、黒と白、どちらがホットであるのか、
「有色ホットの法則」からは、導き出すことは出来ない。
一人の先輩に、気をつけの姿勢で、全身で緊張しながら、教えを、請う。
「教えて下さい!おねがいします!白と黒の場合!どちらがホットなのですか!」
「てめぇ本気で言ってんのか?」
「はい!」
「本当にわからねぇのか!?」
「はい!すいませんっ!教えて下さいっ!」
「有色ホットっつってっだろ?色がついてるのがホットなんだから、黒に決まってんだろ!?」
「はい!ありがとうございます!」
別の現場で、別の先輩の下で、サウンドチェック中にモニタースピーカーを聴いて回って、明らかに“逆相”の気持ち悪い音が鳴っている。
「先輩!あっちとこっちが、逆相になってます!」
「あんだと?どれどれ‥コラ!てめぇこっち来い!これ見てみろ。これ、お前が繋いだもんだよなぁ?ホットに黒がささってっぞ?白黒だったら、白がホットに決まってっだろ!?」
その会社では、白黒ケーブルのとき、どちらをホットにするかが、統一されていなかったのである。
これは、「トラックの助手席に座っているときに、角を曲がる際に身を乗り出すのは礼儀か、無礼か」よりも、さらに深刻な問題である。
トラックの助手席であれば、「絶対に従わなければならない先輩」は、運転手一人である。
ところが、コンサートやイベント会場、テレビ番組などの現場では、「黒がホットで当然」と思っている先輩と、「白がホットで当然」と思っている先輩が、
同時に一つの仕事をこなしている場合がある。
どちらに「どちらがホットでしょうかっ!」と気をつけの姿勢で訊いても、「何度も言わしてんじゃねぇぞ。白に決まってんだろ?」と「黒に決まってんだろ?一回言ったら覚えろよ!」の一点張りである。
そして、そのどちらにも、“ペーペー”は、「絶対に従わなければならない」。
その先輩二人が、「今年の新人はナマイキだなーまったくよー」と言いながら、並んでジュースを飲んでいる。
先輩達は、酒や競馬の話に夢中で、お互いがホットに関して見解が違うことに、気が付かないのだ。
新人研修で、経営陣から厳しく言われていたこと。
「どんなことがあっても、先輩に逆らってはならない。
しかし、先輩が知らないことがあったら、君たちが教えなくてはならない。
君たちは、どんなに困難でも、それを、やり遂げなければならない。」
泥まみれになってケーブルを配線しながら考え、
汗まみれになってスピーカーを担いで階段を昇りながら考え、
先輩のジュースやビールを買いに走りながら考え、
先輩の肩や腰を揉みながら考え、
考えに考え抜いて、ある日、ある現場で、一人の先輩に、
私は、大体、以下のように言ったと思う。
「すいませんっ!
有色ホットのとき!
黒がホットだという人と、
白がホットだという人がいるのです!
これでは、逆相になってしまうのです!
白と黒、どちらをホットにするか、決めなければならないのです!」
そう、私が渾身で叫んだ直後の、
先輩の顔が、忘れられない。
眼鏡の中が全部白目で埋め尽くされんばかりに目を見開き、
口を縦長になるまで大きく開き、
額に横じわができるまで眉をつり上げた、
驚きの表情。
それに続いての絶叫。
「おぁーい!新入りが逆らったぞぁーっ!」
そのあと、有色ホットは「白がホットであたりまえ」の先輩と、
「黒がホットであたりまえ」の先輩がこぞって、
私のことを、“かわいがって”くれた。
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何ヶ月かして、
「反転ケーブル」というものを覚えた。
現場に行くとき、ホットとコールドを逆にする、
「反転ケーブル」というものをこっそり持参するのである。
そしてセッティングのとき、逆相の音が聴こえたら、
「すいませんっ!どこかで逆相になってます!反転します!」
と手早く叫んで、手早く反転ケーブルをかませる。
そんな風にして、生きていた時期があった。
・「有色ホット」の法則にのっとるときは、白黒ケーブルはそもそも会社で購入すべきではない。
・購入してしまったのなら、白と黒のどちらがホットであるか、会社全体で統一しなければならない。さもないと、現場で、逆相の音が出る。
そのことを、その会社は、知らなかった。
教えても、“ペーペー”の言うことには、耳を貸さなかった。
だから、私が在籍して、反転ケーブルを使っていた数ヶ月間より以前と以後、
その会社は、ミュージシャンや聴衆に、しばしば逆相の音を提供し続けていたことになる。
今現在、その会社が、白黒のケーブルを現場に支給しているかどうか、支給しているなら、どちらをホットにするか決めているかどうか、私は、知らない。
以上は、1980年代の話である。
しかし、私が極限まで追い詰められ、考え抜き、
最終的に気をつけの姿勢で先輩に真実を告げたときに先輩が見せた、
眼鏡の中が全部白目で埋め尽くされんばかりに目を見開き、
口を縦長になるまで大きく開き、
額に横じわができるまで眉をつり上げた、
新人に逆らわれた、後輩に口答えされた、
想像を絶した小人物に想像を絶した侮辱を受けたという、
驚きと怒りに瞬間的に満たされた爆発的な表情を、
多少なりとも平静に、恐怖をあまり感じることなく、
思い出すことができるようになってきたのは、
ここ数年のことである。
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追記。
この思い出を書くに当たってネット上を検索したら、
「黒色コールドの法則」
というものに出くわした。
この法則にのっとると、
白黒の電線は白がホットで黒がコールド、
灰色・黒の電線は灰色がホットで黒がコールドということになる。
白・灰色なら黒に近い灰色側がコールドになるか。
こちらの法則はいつから流通しているのだろう。
私は、この法則を知らなかった。
当時勤めていた会社でも、誰も知らなかったと思う。
だから、今日の音響の世界では、
「有色ホット黒色コールド」
と周知徹底しておけば、
現場で配線ミスによる逆相問題は起きないとうことを、
ここに追記しておく。
あと、めったにないことであるが、赤と青など、両方に色がついてるケーブルもあるようで、
「暖色ホット」と決めているケースもあるらしい。
さらに蛇足しておくと、
スピーカーのキャビネット内で逆相にハンダ付けされて、
現場の人間の大半がそれに気付かないというケースも体験した。
同じ形のスコーカーユニットを積み上げていて、
それが点々と、逆相の音を出しているのである。
こういうケースも、あらかじめキャビネットを組む際に周知徹底しておくべきではあるが、
ハンダ付けされているキャビネット内部を現場でいじることは現実的ではない。
やはり、反転ケーブルを数本、機材車内に常備するのがいいのかもしれない。
又、事実関係としてこの記憶は、もはやかなり曖昧であることも、ここに付け加えておく。
追記。
この思い出を書くに当たってネット上を検索したら、
「黒色コールドの法則」
というものに出くわした。
この法則にのっとると、
白黒の電線は白がホットで黒がコールド、
灰色・黒の電線は灰色がホットで黒がコールドということになる。
白・灰色なら黒に近い灰色側がコールドになるか。
こちらの法則はいつから流通しているのだろう。
私は、この法則を知らなかった。
当時勤めていた会社でも、誰も知らなかったと思う。
だから、今日の音響の世界では、
「有色ホット黒色コールド」
と周知徹底しておけば、
現場で配線ミスによる逆相問題は起きないとうことを、
ここに追記しておく。
あと、めったにないことであるが、赤と青など、両方に色がついてるケーブルもあるようで、
「暖色ホット」と決めているケースもあるらしい。
さらに蛇足しておくと、
スピーカーのキャビネット内で逆相にハンダ付けされて、
現場の人間の大半がそれに気付かないというケースも体験した。
同じ形のスコーカーユニットを積み上げていて、
それが点々と、逆相の音を出しているのである。
こういうケースも、あらかじめキャビネットを組む際に周知徹底しておくべきではあるが、
ハンダ付けされているキャビネット内部を現場でいじることは現実的ではない。
やはり、反転ケーブルを数本、機材車内に常備するのがいいのかもしれない。
又、事実関係としてこの記憶は、もはやかなり曖昧であることも、ここに付け加えておく。
- [2012/01/21 23:00]
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